目から鱗の尺八上達術 −あなたの努力は報われていますか?−

【第14回】基礎知識編1 尺八のピッチは不安定? 2011年2月(289)号

ピッチに対するクレーム

 数年前のこと、私のところに「流体力学の専門家」であり「声楽の専門家」から次のようなクレームがきました。
 「尺八は自分の耳で音程を作る物だというが、あまりにもでたらめだ。東京に正確な音程を出せる尺八を作る工房があるというので、貴社の楽器を試したのだが、これでは西洋音楽に太刀打ちなど出来るはずもなく、相手にもされないだろう。私自身、もう尺八など吹こうとは思わなくなった」
 「正しい楽器とは、誰が吹いても正しい音程が出せる物を言う」
 「進言する。デジタルのレコーダーと高性能マイク、デジタルのピッチ測定器を用意し、酒をたらふく飲み、前後不覚状態一歩手前で耳栓をして、尺八を吹いて録音しておく。次の日、シラフの状態で録音した音をデジタル測定器で測定し、それを比べると、貴社の尺八がどれほどでたらめであるか自覚出来るだろう」
 おおよそこのような手紙と共に、指孔をセロテープで塞いだ私の作った尺八が送られてきました。それには「調整した。これが正確な音程」と書かれてありました。
 要するに、「尺八の音程は自分の耳と腕で合わせるのだという、作り手の勝手な言い分が尺八の世界をダメにしてきた」と指摘しているのです。
 普通は自分の演奏能力に自信が持てないので、このような言い方はしてこないのですが、この方は「専門家である」そして、「西洋音楽にも精通している」という大きな自信からこのようなことを言ってきたのでしょう。
 結局、手紙でのやりとりであったこともあり、私の説明には最後まで「私がおかしなピッチであることを証明しているにも関わらず、 身勝手な言い分」ということで理解してもらえませんでした。
 でも、確かに良いご指摘ではあると思います。ピッチが合わないので直してほしいという依頼は少なくないからです。
 私の工房までわざわざ修理依頼の楽器を持ってきてくれた方には、楽器の診断とともに、尺八はどのようにピッチが決まるかという説明と、「吹き方の指導」つまり、「あなたの修正」をすることが出来るのですが、いきなり、右記のような方のように送りつけてくる方の対処は結構難しいのです。

ピッチはどこで決まるか?

 ちょっと簡単な実験をしてみましょう。
1、尺八を口につけずに、全部の孔を塞いで空中で構えます。
2、何処かの指孔を指で打って(素早く開閉して)「ポンポン」と音を出します。
3、そのまま「ポンポン」と音出しながら、演奏状態になるようにゆっくりと口に近づけて行きます。
 実験とはたったこれだけなのですが、何か気がつきましたか? 空中で「ポンポン」ならしているときより、口に近づけたときは「ポンポン」という音程が低くなりました。
 ついでに、口につけた状態で尺八を口に強く押しつけたり、弱めたりして下さい。これでも「ポンポン」という音程は変化します。
 このように、空中で構えているときには単に両方が開いたパイプとして誰がやっても同じピッチで「ポンポン」となり「安定」していますが、口につけたとたん、パイプの片方を中途半端に閉じた「不安定」な状態になり、その閉じ方によりピッチが変化してしまうのです。
 つまり、設計通りの、というより、作った人と同じように歌口開口部を塞がない限り、作者の思ったとおりのピッチにならないということなのです。
 こんなことを言うと、確かに「なんという身勝手な、いい加減な楽器なんだ」ということになるでしょう。しかし、この「不安定」を利用してメリカリの奏法があり、フルートやリコーダーにはないダイナミクスを可能にしています。
 このいい加減さを解消しようとすると、歌口の閉じ方を固定しなければならないので、構造としてはリコーダーのようにする以外なくなります。
 尺八の音程は、単に耳で合わせているということではなく、弱音から強音まで自由に出せ、メリカリがやりやすい口元の作り方が出来れば、ピッチも自然と合うように作っているのです。  問題はその楽器を信じて練習した結果、正しい演奏法に導いてくれるような楽器であるかどうか?信頼するに足る楽器であるかどうか?です。
 良い楽器から良い奏法を学ぶことが出来、学んだ結果、更に楽器の改良点を見つけ出す能力が芽生え、更に良い楽器が生み出される……そういう営みが繰り返されるかどうか、そういう関係を持てるかどうか。その中から「正しい楽器」が生まれて来るのだろうと思います。
 では、自分の楽器は大丈夫か? そしてあなたは大丈夫か? 次号で!