目から鱗の尺八上達術 −あなたの努力は報われていますか?−

【第17回】基礎知識編4 表現力は意識改革から 2011年5月(292)号

音の大小と強弱の関係

 f(フォルテ)、p(ピアノ)は強弱記号ということはご存じと思います。「そこはもっと大きくフォルテで、ここは小さくピアノで」とも言いますね。でも本当は強弱と大小は違う物です。
 「優しく(弱く)」歌われた子守歌のようなCDをどんなに大きな音で再生しても、それは「優しい」ままです。逆に「強く(逞しく)」歌われた音楽をどんなに小さなボリュームで再生しても、その強さはそのままで、決して「優しい」歌には変化しません。
 また、上手な人の演奏や歌は「大きい」とよく言われますが、いつも「強く」歌ったり「強く」演奏している訳ではないですね。余り上手でない人の演奏はどんなに「強く」演奏しても音量は「小さい」ものです。
 このように大きい・小さいは「音量」のことであり、f・pは「表情」のことです。ただ、普通は強いと大きくなり、弱いと小さくなるので、ごちゃ混ぜに使われますが、本当は違うものです。
 これらを図にすると下記のような感じだろうと思います。ざっくり言うと、b線のように音を弱くする(左方向)と音量は小さくなり、強くする(右方向)と音量も大きくなります。a線のカーブは、優しいのに音量が大きな演奏とか歌はこのような変化をします。c線はアンサンブルの関係で音量を余り大きくできない場合など、表情だけをしっかりとつけるとこのような変化になります。

癖を無くそう

 さて、図のイはなんでしょう?「強く大きな音」の範囲をイメージしています。
 尺八愛好家は強く大きな音を「良い音」と思いがちです。憧れます。それに向かって日々努力していると言っても過言ではないでしょう。そして、その時に得られた音色を「維持」したままpに向かおうとしますが、音色を維持しているので、実際には音量を小さくしているだけ、ということになります。
 ロのグレーゾーンの変化(→)は「強いまま音量を変化させている」ことであり、いくら音量を小さくしても弱く優しい音には聞こえません。「鶏の首を絞めたような音」とはロに近づく過程で現れます。
 この傾向はプロと自称している人にも見られることです。おそらく、三曲合奏という撥弦楽器との合奏(ユニゾン)で、弦の立ち上がりの鋭さに対抗する内に培われた独特の表現方法だろうと思います。その表現方法を是として作られた新しい曲(どんな曲もそのように演奏する風習?)で鍛えたプロ演奏家が、ポップス的な音楽を演奏した場合に感じる「違和感」はこのような理由で感じるものです。
 確かにおもしろい表現方法で、「尺八独特=尺八らしさ」として喜ばれてはいます(?)が、「普通」ではありません。「癖」と言っても良いでしょう。表情が全く変わらず、音量だけが変化しているので、表現力に欠け、何とも滑稽です。「尺八とはそういうものです!」と言う人もいますが、「表現とは図のようなものです!」と解った上で図のグレーゾーンからはみ出て三曲合奏を中心に邦楽を演奏している人とでは、それこそ表現力が全く違うものとなります。
 また、甲の音を出す場合に「口を少し強く締める」というのも「音を堅くする」ことになり、堅くすることで「歌口の開口面積が変化する」ことになるので、ピッチも変化して、表情も堅くなります。音程を変化させるだけなのに「表情」まで変化してもらっては困ります。これは「甲の出し方」ではなく、これも「癖」です。
 多くの尺八愛好家はイ点、ロ点を目指しました。次はハ点、ニ点を極めることで、表現の全域を制覇することが出来ます。
 ハ点とは「弱く(優しく)大きな音」です。
 ニ点とは「弱く優しく、小さな音」であり「音が消えて行く部分」です。
 これはとても重要な部分です。

 次回、「最低限、家族に尺八って良い音ね」と言ってもらえるような「普通」を手に入れる「目から鱗」の練習方法です。