目から鱗の尺八上達術 −あなたの努力は報われていますか?−

【第19回】基礎知識編5 表現力は意識改革から(その2) 2011年7月(294)号

声で表現してみると

 前前回はかなり危ないことを書いたかもしれません。「あの図(音の大小と強弱の関係)の各部分をどのようにしたら出せるのかを具体的に書いてくれ。文章ではなくデータとして」とか、「もっと素人にもわかりやすい内容にしてほしい」など、いろいろな要望が寄せられました。
 確かに「普通」に音楽をやっている人間にとっては「あたりまえ」のことなんですが、やたらと理屈っぽくて、このシリーズに不向きな方向に向かっているように感じとられたかもしれません。でも、別に理屈をコネコネと述べるつもりはありません。簡単に理解するには「声」で表現してみることです。
 図の右上の端は「強くて大きい声」です。音楽表現を超えて「絶叫」に近いかもしれません。サスペンスドラマや映画でよく聞く、女性の「悲鳴」などです。悲鳴が聞こえたときの様子を普通の会話の中で説明しようとしたときに、あなたはどうしますか? まさか、同じような声の大きさで「キャー、という声が聞こえた」などと言いませんよね。多分「キャー」の部分は「喉を絞り」「息があまりでないようにして」「声を小さくして」その雰囲気を相手に伝えようとします。そして、その会話をひそひそ話でしていた場合には、「キャー」は更に小さな音量で表現します。つまり「表現できる」わけです。
 この場合、「悲鳴」なのですが、音量は小さくなりますから、図の右下の方向になります。小さくても悲鳴に聞こえますから「小さな強い声」です。
 この「キャー」という声の出し方で病気の人のお見舞いをする人はいないと思います。同じ小さな声でももっと優しい声を使うはずです。それが図の左下の方向です。つまり「小さくて優しい声」です。
 さて、残りの左上はなかなか普段の状態では思いつきません。小学校の先生が「皆さん優しい気持ちで」などと言っているときとか、何かに集中している人をびっくりさせないように「おーい」と声をかけるとき(本当に特殊ですね)など、「喉をひろげて」「刺激が少ない声で」「しかも聞こえるように大きめの声」で声をかけるでしょう。「優しくて大きな声」です。
 そして、これらを実際にやってみれば分かりますが、声帯のコントロールだけではなく、巧みに息の出し方もコントロールしています。ちなみに「優しくて大きな声」を出して見ると、息の量が「絶叫」よりも遙かに必要です。ひそひそ話も意外に沢山の息を使います。
 私たちは生まれてからずっと、このように普段の生活の中で、様々な表情を使い分けています。そしてそのための体内の様々な部分をコントロールして感情を表現できるように日々訓練してきたのです。その能力を使わない手はないのです。

「普通」にしよう

 さて、今説明した四隅に挟まれたところに実は「普通」があります。「普通」は普段から声が大きい人と小さい人では、何かを数値で示すことが出来れば違う数値になるでしょう。この「普通」が実は非常に忘れられがちなのです。
 テレビカメラに向かって「普通にして下さい」と言われてもなかなか出来るものではありません。スピーチなども「普通に話せばいいんだよ」などと言われてもなかなか普通には出来ません。つまり「あがって」しまいます。下手な役者は大声を張り上げ「絶叫」します。あがった状態でやりやすいのは図の右上です。
 実は多くの人が尺八を構えたときにやっている息の吸い方、吐き方はこの「あがった」状態とほとんど同じです。「普通」ではないのです。
 普段会話しているときにも呼吸はしています。その呼吸は実に静かです。いつ吸い込んだのかも分からないほど巧みです。ところが尺八を持ったとたんに、「へー」という音を立てて胸を広げてしまいます。この状態で「力を抜いて」と言われても出来ません。不可能です。
 普段の会話と同じように静かに息を吸うことから始めなければならないのです。「力を抜く」のではなく「力は入れない」のです。
 次回から、この「力を入れない演奏方法」「訓練方法」をご紹介します。