目から鱗の尺八上達術 −あなたの努力は報われていますか?−

【第31回】基礎的練習方法−7 あがり症を克服する呼吸法 2012年7月(306)号

もうダメだ、と思ったら

 私は昔、ひどいあがり症でした(いまでもですが…)。ずいぶん以前、ある演奏会で、舞台袖で出番を待っていました。もう少しで前の演奏が終了するのでドキドキはいっそうひどくなるばかりです。何気なく楽譜を開いてみると、なんと中の1枚が無いではないですか! もう気絶寸前でしたが、とにかく楽譜の無い部分を取って来ないことには演奏そのものが出来ません。
 楽屋は地下2階です。走って楽屋に下り、探しますが焦っているとなかなか探し出せません、ますます焦ります。やっと探し出し、地下2階から階段を駆け上がり、袖にたどり着いた時には他の人はもうスタンバイしていて、私が座ったとたんに幕が上がるという状態でした。
 もう良い演奏などは完全に無理です。良い演奏は諦めてゼーゼー言ってる呼吸を何とか沈めて、とりあえず音が出せるようにしなければなりません。肩を落として動かないように演技しながら、幕が上がりきるのを待ちました。
 音を出す瞬間に不思議な感じがしていました。妙にたくさん息が吸えるような不思議な感覚でした。合奏相手があがっていることを気遣うほどの余裕で演奏していました。初めてまともな演奏が出来た記念すべき日となりました。
 この時以来、私は演奏前には鼓動が早くなり汗ばむ程度の運動をすることにしています。

運動→腹式呼吸→リラックス

 実は、これは意外と理にかなったことのようなのです。
 人間には自律神経(交感神経と副交感神経)というものがあり、寝ているときなどリラックスしているときには副交感神経が働き、呼吸は腹式呼吸になります。起きていて、緊張が高まると交感神経が働き、胸式呼吸が導き出されます。逆に、腹式呼吸をすると副交感神経が働き、落ち着いたリラックス状態になり、胸式呼吸をすると交感神経が働き、緊張する…という相関関係があるそうなのです。
 緊張して演奏している状態を思い起こすと、とても息苦しく、たくさんの息が吸えません。いつも一息で吹けるフレーズの半分程度のところで息を継がなければならなくなり、そのことでまた焦ってきます。息苦しいのは緊張で胸式呼吸をするようになっているためで、ストレスにより交感神経が高ぶった状態ということでしょう。
 前述の私の場合にも、いつもは緊張で息も出来ないほどひどいことになるはずだったのですが、楽譜が無いと分かった時には緊張もピークにはなったものの、その後の階段かけ上がりで腹式呼吸をせざるを得ない状態となり、副交感神経を働かせる結果となり、落ち着いた状態に切り替わったようです。
 上がり止めのいろいろなおまじないがあるようですが、この激しい運動作戦はお薦めめです。

腹式呼吸が導き出す口の形

 普段から激しい運動をしたあとの呼吸がどう変わるかを意識しておくことも重要です。
腹式呼吸は普段何気なくやっている呼吸です。寝ているときや休んでいるときなどリラックスしているときの呼吸ですので、意識することが無く、従って思い出せません。
 経験の無いようなことをやろうとする、つまり、尺八を吹くとか師匠の前で音を出すなど人前で演奏する時、緊張して交感神経が高ぶり胸式呼吸になってしまいます。胸式呼吸は自分の意思で動かせる筋肉を使うので、記憶できます、つまり、呼吸をわざわざしようと思うとこの呼吸になってしまいます。
 意識して腹式呼吸が出来るようになることが、良い音を出す絶対条件になります。
 激しい運動の後に椅子に深々と座って呼吸が収まるのを待つなど、自分がどのように呼吸していたかを確実に認識できる環境を作るとわかりやすいのかも知れません。
 このコラムでしつこく出てきますが、尺八を吹くための口の形を始め、顎の状態、喉の状態、これら全ては腹式呼吸から導き出される状態です。わざわざ喉を広げたり、口の中を大きくしたり、唇の形を作ろうとしたり、個別に筋肉を動かそうとすると、これら全てがストレスとなり、きっと交感神経を高ぶらせて、なおいっそう胸式呼吸になって行くのではないでしょうか?
 腹式呼吸を意識して出来るようになることで、尺八に必要な多くの身体の状態をいっぺんに手に入れられます。つまり、腹式呼吸を意識して出来るように練習することが、尺八の「何もしない練習方」「だらしな練習法」です。
 今の日本はストレスが多く、多くの人が普段から胸式呼吸をしているそうです。腹式呼吸もだんだん「普段の呼吸です」と言えなくなって来たのかもしれません。

●腹式呼吸が分からない人のために
  まずは何式でも良いので息を吸い、そして吐きます。吐いた状態でもまだ空気が残っているのでその状態で「はっはっ」と吐いてみます。何度もやってみてください。その時に動かしているところで普段呼吸しています。つまり腹式呼吸です。